
磐でも・杉でも・人でも・シンセでもなく、
その向こうに在る絶対的な存在。

高い高い峠を幾つも超えて赤倉へ、

清流が流れ、ニホンカモシカにも遭遇!

断崖絶壁で有名な大丹倉(おおにぐら)に向かう途中に、うっかりしていると見落としてしまいそうな山道の傍らに、
忽然と白い鳥居が現れます。

階段を下ると、ここからは想像できない様なぽっかりと空いた聖地が、

これが御神体の磐座です。

どれだけ長い間この場所に坐のかは見当つきませんが、
これも宇宙意識のゆっくりした命の表現の形。

前にはまるで狛犬かの様に、豆ヅタを貼りつめて真っ直ぐ天に向かって伸びる杉が居ました。

その杉の根っこの所にシンセサイザーを置かせてもらいます。

参拝を済ませ、
奉納演奏。

たったこの小さなスピーカーですが、
ぽっかりとドーム状になった境内の杜に大きく響く渡っていました。

風もありません・
鳥も鳴きません・
眼を開いて観得るのは写真の静止画の様な磐座と森の木々の風景・・・
耳から聴こえるはシンセサイザーの音、
ただそれだけ・・・
それ以外のものは何も在りませんでした。

磐座を観ていると、
それが自分の様な気がして・・・
そしてその磐座は自分となり、
次は演奏している私を観ている。
不思議な気分になっていました。

再び眼を閉じると、究極のリラックスの世界が押し寄せ、
まどろみの世界へ。
二年前に熊野本宮大社で演奏させてもらった時と同じ感覚になりました。
その時は満月が出て、
本社殿がキラキラと輝いている様に観得ましたが、確かに風もなく空間は一枚の静止画の様にSTOPしていました。
日常では、
何も無い・静寂・静止場面に遭遇する様な事はそんなにありません。
そしてその何もない中に、
ただ・在る。
磐でも・杉でも・人でも・シンセでもなく・・・
その向こう側に在る、
観得ない絶対的な存在。

宇宙意識。
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